治療院ストーリー

私の名前には『幸せが太く続きますように』という母の想いが込められています。
この名前を授けてくれ、ここまで丈夫に育ててくれた母に心から感謝しています。

小さい頃は身体が弱く、よく病院に通っていましたが、水泳や剣道を通じて心身共に強くなり、今では病院にお世話になることは全くなくなりました。
現在もカラダを理解するためだけでなく、患者さんの気持ちになるため、自身の人間としての成長のために沢山のことに挑戦しています。

  • 2013年:メロンマラソン完走(10キロ)、田沢湖マラソン完走(20キロ)
  • 2014年:メロンマラソン完走(10キロ)、田沢湖マラソン完走(20キロ)、バンジージャンプ
  • 2015年:山田記念マラソン完走(10キロ)、メロンマラソン完走(10キロ)、田沢湖マラソン完走(20キロ)北上マラソン完走(フルマラソン)・滝行
  • 2016年:山田記念マラソン完走(ハーフマラソン)、メロンマラソン完走(10キロ)、田沢湖マラソン完走 (フルマラソン)

フルマラソン 田沢湖マラソン2014

毎年自己ベストを更新中!

(ちなみに、マラソンを始めたきっかけは自身の苦手克服をするためでした。始めたばかりのころ800メートルジョギングして、苦しくなって帰るくらい苦手で大嫌いでした(笑)
マラソンから得たことは、走り切った達成感以上に「走り切れなければ患者さんに報告できない!」というプレッシャーと責任感が背中を押してくれるということでした。また、走り切った後は感謝の気持ちと謙虚な気持ちになれるので、年に数回は自分を見つめなおす意味でも継続しています)

 

小さいころは成績が優秀な兄とよく比べられていたため、反抗期がとても長く親には本当に迷惑ばかりかけていました。仲間と集まっては悪だくみをする毎日に、何度親にぶたれたかわかりません。ただ、そのころから仲間で集まって目標を決めて、計画を実行することへの面白さを感じていたことは確かでした。

(その節は、先生方やご近所の方、関係各所の皆様には多大なるご迷惑をおかけしたことを心からお詫び申し上げます。昔よりはちゃんと生きておりますので、安心してください)

 

私が大きく変わったきっかけは、中学生の頃の恩師との出会いにあります。

さみしさから心が荒れていた時、剣道部の監督は私と本気で向き合い、本気で叱ってくれました。その厳しさと温かさから仲間を信頼することを学びました。
幾度となくチームのメンバーには迷惑をかけましたが、最高の仲間達と最高のチームを作ることができました。
最後の試合で負けた時、人目もはばからずに涙したのは今でも忘れません。
その想いを胸に、高校でのリベンジを誓いました。

 

推薦入試で県立角館高等学校に入学し、剣道部に入りましたが思ったような結果が出ず、監督とも衝突することもしばしばありました。

そんな高校二年生の春、練習中に「左アキレス腱断裂」という全治6か月の大ケガをしてしまいした。
松葉杖をつきながら先輩たち最後の試合を見届けた時、本気で退部を考えるようになりました。

そこで支えてくれたのがチームのメンバーとマネージャーでした。
最後の試合では負けはしましたが、何度も延長となる大接戦で自分の全てを出し切った試合となりました。

引退後はお世話になっていた治療院の先生の影響もあって、鍼灸師になることを決意しました。

専門学生時代は生活費や学費を工面するために、アパートから専門学校まで往復20キロを自転車で通い、スイミングのインストラクターや整骨院のバイトを掛け持ちして深夜まで働き、チクワとモヤシで過ごす極貧生活をしていました。
(この時のスイミングのインストラクターのバイト先の上司が、現在の奥さんになるとは思ってもいませんでした…)

師匠とは専門学生時代に知人の紹介というご縁もあり、公私ともに指導していただきました。
仕事へ向かう姿勢と、男としての振る舞いを叩き込んでいただきました。
(仕事に熱く、カッコいい師匠はとにかくイタズラ好きでした。私のイタズラ好きはもしかして師匠譲りかも?)

専門学校を無事卒業後国家試験も無事一発合格、就職もして治療家として走り出しました。

就職先はバイト先の上司から紹介してもらったのもあり、とにかく仕事に励みました。
しかし、職場をもっと良くしようと積極的に自分の提案や意見を出しましたが、思うように通りませんでした。

「自分の考えを通したければ、会社や社会で認められなければならない」

職場の先輩に言われてからは朝一番早く出勤して一生懸命掃除をし、翌日までホテル出張をして職場の誰よりも一番長く働きました。

その後、地元角館の整骨院で修業しながら介護施設の手伝いをするなど、社会人として濃密な時間と経験を積ませていただきました。
丁度その頃、地元の友人に誘われて始めたストリートダンスにのめり込み、真夜中まで練習していました。
ダンスで培ったカラダの使い方は、現在も治療においての身体操作やバランス感覚にとても役立っております。
(小さいころから目立ちたがり屋な私にとって、人前でダンスをして脚光を浴びるのはこの上なく快感でした)

仕事も安定していて結婚もして子供も生まれ、地元の仲間達にかこまれてノンビリ過ごす日々は心地良いものでしたが、いつも悩んでいました。

「治療家として、自分の人生は本当にこのままで良いのか…」

そんな時にちょうど、前の職場の社長に勧められてスッキリ本舗はり・きゅう秋田中央整骨院の立ち上げスタッフとして就職、秋田市にやって来ました。

 


2年後に院長となり5年間『チーム仲良し』をモットーに、地域ダントツナンバーワン整骨院を目指しました。
振り返ると8年間、たくさんの失敗を繰り返しながらも、私についてきてくれたスタッフには心から感謝しています。

 

その頃から治療家として、また人としてのさらなる成長を求め、ご縁あって東京へセミナー参加を積極的にするようになります。

秋田市から夜行バスで東京まで9時間30分かかります。

月に数回、土曜日に診療が終わったら夜行バスに乗って、日曜日の朝に新宿へ着いてセミナーを受けます。
そして日曜日の夜、東京から夜行バスに乗って月曜日の朝秋田に着いたら、そのまま整骨院で診療をする日々を5年続けています。

(おかげでセミナーでは「秋田から夜行バスで9時間半かけてセミナーに来る変なヤツがいるぞ」と名前を覚えていただきました(笑))

 

 

治療院経営の指導をしていただき、いつも厳しいお言葉をくださる「PCC」花谷博幸先生

治療技術である関節矯正術「関節ムービングテクニック」を指導していただいている佐藤実先生、菅谷成彦先生

キネシオテーピングを教えていただいている「プライオンテーピングセミナー」尾崎誠先生
には公私ともにお世話になっており、本当に感謝しております。

 


2017年3月に整骨院を卒業し、同年4月27日自身の誕生日に「青山バランスアップ治療院」を開院しました。

来ていただいた皆様が『来て良かった』と喜んでいただけるよう、一人一人心を込めて施術しています。

また、人生の目標でもある東北の治療業界の活性化による、秋田の産業活性化をするために奮闘している毎日です。

子供たち最後に、大好きな仕事をとことんやらせてくれ、いつも私を応援してくれる妻と子供たちに心から感謝しています。
また、私を応援してくれるすべての方々へ感謝しています。

長い長いストーリーを最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

今度はあなたのストーリーを聞かせてくださいね。

あなたとのご縁ある出会いに感謝しております。

青山バランスアップ治療院 院長青山幸太

秋田の青山バランスアップ治療院 診療時間

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Tel018-838-0326

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秋田県秋田市手形字蛇野172-1
秋田駅から徒歩15分

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